電人少女 第参章

『さすらいの電人少女』

26】ミチコは、自分の手足と首を、ちぎれそうになるほど精一杯伸ばしました。
   それを見た『ヒラパー』の兵士は、驚いて後ずさりしました。
   ミチコがじりじり近付くと、兵士達もじりじり後ずさりします。
   一人の兵士が、ミチコを撃ってきました。
 でも、“エヂソンさん”が愛娘の為にと選びに選んだ、特別な素材で作られたミチコの体は,地雷でも踏まないかぎりへっちゃらで、弾など弾き返してしまいます。
   銃弾が雨あられとミチコを狙ったために、ミチコが着ていた洋服はズタズタになって、ただのボロキレが張り付いているみたいになってしまいました。
 これは、ユミさんがミチコのために選んでくれた服でした。
   …ミチコは、人間の少女と何ら変わらぬ感情と心をもっています。だから、人前で服が引き裂かれたりするのは、本当につらい事なのです…そして、今の自分の怪物じみた様子を、大好きなユミさんに見られるのは死ぬよりつらいのですが…それでも、ミチコが大好きなユミさんと、サーカスの皆んなと、自分を妹や娘同様に可愛がってくれた自衛隊の人達をここで死なす事と比べれば、今の自分のつらさや恥ずかしさくらい、なんでもないと……
 もし、ミチコが人間であれば、歯を食いしばり、唇をかみしめ、涙をこらえ、こらえても流れ出る涙を、目に一杯溜めていることでしょう。
 でも、ミチコは泣けません。
 だから今ミチコは、心で血と涙を滝のように流しています……。

   ミチコが命がけで活躍したお陰で、兵士達は皆逃げてしまいました。   ミチコは、彼らが走り去った方向をしばらく、ぼーうっと見つめていました。
   やがて振り返り、ユミさんに微笑みかけました。
 それは、今までミチコが見せた事の無い、とても寂しそうな笑顔でした…。
   それを見たユミさんは…おびえたような表情で、後ずさりしました…。
   ユミさんが後ずさりする方向に目を向けて、ミチコはそこが危険だと気付きました。
   「だめよ! ユミさん!! そっちへ行っては?! そっちには…」


27】「そっちには地雷が埋まってるわ! 行っちゃダメえっ!!」
 しかし、ショック状態のユミさんの耳には届かないようです。
   あと何歩かで、ユミさんの足が地雷の信管に触れそうです。
   「もう間に合わない?! …えい!」
 ミチコは、いつか空中ブランコから墜落したユミさんを助けたあの時のように、大きくジャンプしました。
 ミチコは、自分が空中にいるうちに両腕を目一杯のばしてユミさんを抱え、そのまま反動を利用して、なるべく遠くにユミさんを放り投げました。もちろん、なるべく優しく…。
   そして………。

     地面に投げ出されたユミさんは、そのショックでようやく我にかえりました。
 ユミさんはミチコの姿を探しました。
   やがてユミさんの目に、両手をユミさんの方に長あーく伸ばしたミチコが、ゆっくりとスローモーションのように落ちてゆくのが映りました。
 ユミさんと目が合ったミチコは、とても満足気な笑顔をユミさんに向け、「ユミさ…」とそこまで言って、地面に落ちました………。
 ミチコが地面に着地した瞬間、大爆発がまきおこり、ミチコの姿は煙と共に見えなくなりました。
   ユミさんは思わず叫びました。
   「い……嫌アーァァァァァアッ!?」


28】ユミさんは…今、泣いています。子供の頃から、一度も人前で涙を見せた事など無いユミさんが今、泣いています…。
   泣きながら、“親友”のカケラを拾い集めています…。

   ユミさんは、自分の弱さや寂しさを友達に慰めてもらおうとは考えない人です。
   本当に強く、本当に優しい心の持ち主なので、自分の為に誰かが面倒を背負い込まないよう、いつも友人とは一定の距離と、節度をもって接していたのです。

     また、ある意味、この世界ではナンバーワンの座にいる為に、二番手や三番手の人とは『競い合う関係』だった為、本当の意味での友達を今まで作る事ができずにいたのです…。
   そんな時、何も裏心の無い、純真なミチコと出会い、真に全てを打ち明けられ、自分を飾らずに接する事ができる『親友』を、生まれてはじめて持つ事ができました…。
   それを、『寂しい姿』と言う人もいるでしょうが、心の通いあった二人の間には、人間同士以上の深い心の結びつきがあったのです……しかし、ミチコは……。

   ユミさんは泣いています。 泣きながら、ミチコの名前を何度もつぶやき、つぶやきながら、粉々に飛び散った『ミチコ』を、一つ残らず拾い集めようとしています……。
   「……ミチコさん…ミチコさん…」
   ユミさんは、まだ地雷が残っているかもしれないからやめなさい、という周りの人々の静止を振り切り、一心不乱に『ミチコ』をかき集めています…。
   「……ミチコさん、ごめんなさい! ごめんなさい!! あまりに突然、いろんな恐ろしい事がおこったものだから……ワタクシ、どうかしていたのですわ! …あなたが、命がけでワタクシ達を救って下さったというのに!? …ユミの馬鹿! ああ!ワタクシはなんて愚かな…愚かな女ですの!? …ミチコさん。ワタクシ、ちゃんと知っていたというのに…あなたが、人間の女の子よりもよっぽど女の子らしい、可憐な乙女心の持ち主だという事を! …そのあなたが、どんなに辛い思いをして…あんな風な姿になっても、懸命にワタクシたちを命がけで守ろうと、必死になって下さっていたのに……その、ミチコさんの必死のお姿に……女の子には耐えられないくらい辛い思いをなさってらしたのに……怯えてしまうなんて!?」
   ユミさんは泣き崩れました。
   「ワタクシ、いったいどうすれば良いの?! あなたになんとお詫びすれば良いの!! ワタクシ、本当に馬鹿だわ! 大馬鹿者よ!!」

   それからしばらく、ユミさんはただ泣き続けました。
 ひとしきり泣き終えたユミさんがふと気付くと、自衛官の皆さんが、敬礼しつつ、黙祷を捧げている事に気付きました。
 ユミさんは怒りました。
   「なんですの?! その敬礼と黙祷は?! まるで誰かが死んだみたいですわよ! …ミチコさんはまだ死んでいませんわ! …いいえ!たとえそうだとしても、このワタクシの命に代えても、ミチコさんを死なせるものですか!! …そうよ! ……そうですわ! 世界中を探し回っても、必ずミチコさんを元どうりにして下さる方を見つけてみせます! …待ってて下さいね、ミチコさん! ユミは必ず、必ずあなたを元どうりにしてさしあげ…いえ、させていただきますわ! 必ず……」

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