電人少女 第弐章

『エヂソンさんとエジソンさん』

30】不思議な飛行船に乗って、ミチコは今、雲の上にいます。
 ミチコの隣には飛行服姿の優しそうなオジサンがいました。
   ミチコはそのオジサンに訊ねました。
   「ここはどこですか。オジサンはどなたですか?」
   オジサンが答えました…。
   「…オジサンはね、そうだなあ…『風船おじさん』とでも言っておこうか。以前、この飛行船で世界一周の冒険旅行に出発してね、どんどん、どんどん、空に昇って行ったのは良かったんだけれども、あんまり上手に昇り過ぎちゃってね。空から降りられなくなっていたのを雲の上の偉いお方が助けてくださってね…今はこうして、病気や事故でがんばっている子供を雲の上まで乗せてってあげたり、地上に戻してあげるお仕事をしているんだよ」
   それを聞いたミチコは少し不安になりました。
   「…風船オジサン、わたし…死んじゃったの?」
   「君の場合は…いや、君以外の子供たちでも、この船にのっているあいだはまだ死んでなんかいないのだよ。本人とまわりの人々の愛情や頑張り次第で、このまま雲の上の世界へ行くか地上に戻るか…少なくともミチコちゃん。君には、なんとしても君にもう一度合いたくてしかたない、と思っている人が二人もいて、その二人が今必死で頑張ってるのが見えているよ。ほら、ごらん!」
   風船オジサンが指差す方に目をやると、ユミさんが誰かと話している様子が見えました。
ユミさんは、「エジソンさん」と呼ばれる天才発明家に、今までのいきさつをすべて説明しました。
   「…という訳です。先生、どうかミチコさんを治してください!」

   エジソンさんは、腕組みしながら考え込んでいましたが、やがて口を開きました。
   「事情はよくわかりました。私にできるかどうかわかりませんが、とにかく、その『ミチコ』さんの状態を拝見させて下さい」
 ユミさんの顔が、パッ!と明るくなりました。
   「それでは、診ていただけますのね? こちらがそのミチコさんですのよ…」
 ユミさんは目をつむって顔をそむけながら、必死の思いで運んできた特大のトランクを開きました。
   「どれどれ…ほう! こりゃあ年代モノの部品がいっぱいだなあ?!」
   それを聞いたユミさんは、キッ!と険しい表情になりました。エジソンさんは慌てました。
   「い、いや、けっして悪口じゃないんですよ!? 感心してるんです! ちょっと見ただけでも、このコは大変な天才の手によって創られたのがわかります。どれも20年くらい前によく使われたパーツなのですが、それらがちょっと思いつかないような独自の工夫で組み合わさっているし、オリジナルのパーツに至っては…ああ?! こりゃ信じられん! なんでこれ、いや彼女を創った人はこの特許を申請しなかったんだ?! これ、現在研究中でまだ実現まで十年はかかると言われてる部品じゃないか!? そ、それに、も、もしや…これは! いや、間違い無い! 理論だけで実現不可能と言われている、否ノイマン型ニューロコンピューター、そう…まさに『夢の電子頭脳』江田島回路に間違いない!」


31】ユミさんが尋ねました。
 「そんなに驚くような仕組みですの?」
   エジソンさんが答えます。
   「驚かない方が不思議なくらいです! 今我々が研究しているレベルの遥かに先を越されてるんですから!? いや、それに…」
   「それに、なんですの?」
   「…それに、このコの顔…ずうっと昔、子供の頃……」
   ユミさんは黙って聞いています。
   「…ミチコお姐ちゃん…そうだ! 間違いない! という事は……!」
   エジソンさんはミチコの部品を隅々まで再点検し、そしてその中に探しているモノを発見しました。
   「あった! そうか、そうだったのか!」
   ユミさんはようやく訊ねても良い感じになったので訊いてみました。
   「どういう事かしら? ミチコお姐ちゃんってどなたですか?」
   エジソンさんは感動で涙さえ薄っすらうかべながら、質問に答えました。
   「…このコを発明したのは『エヂソンさん』です!」
   「え?それはアナタの…」
   「いえ、僕は言ってみれば二代目のようなものです。それも偶然、いつしかそう呼ばれるようになっていただけで…本当の、と言うと”トーマス・エジソン”ですが、日本人でその異名をとった大天才が、僕が子供のころおられたのです。これを見て下さい」
 ユミさんに差し出されたミチコの部品に、『竹と電球と日の丸』を組み合わせた刻印が打ってありました。  


32】「これが動かぬ証拠です。江田島村吉…通称『エヂソンさん』。僕の心の師匠です! 本当なら、ロボット工学の先駆者になっていた方でしたが、家庭の事情で民間企業に入り、そこで数々の新製品を開発し、退職後は私財を投げ打って子供たちが科学に興味を抱いてもらう為に『エヂソンパアク』という私設の科学館を設立した、たいへんな偉人なのです! そして…そしてこのコのこの顔は…エヂソンさんの愛娘、ミチコさんに生き写しなのです…」
エジソンさんは子供の頃の思い出をユミさんに語って聞かせました…。

  「…『エヂソンパアク』かあ…懐かしいなあ…。学校が終わるといつも飛んで行ってましたよ。百円玉握り締めてね…今になって考えると、とてもそんな入場料では足りないような内容でした。
きっと、施設を大切に扱ってもらいたい気持から、少しだけ入場料を貰うようにしてたのだと思います…」
  ユミさんが言いました。
 「もう少し詳しくお聞かせ頂けますか?」
  「喜んで! 僕が通ってたのは引越しする前だったから、小学四、五年生くらいの頃で…」
  …エヂソンパアクは、エヂソンさんのお家の広い庭に設けられた私設の遊園地でした。
 何体もの楽しいロボットが出迎えてくれて、家の周りを一周する小さな電気機関車もありました。
 「…その電車に僕たち子供が乗って、裏庭の縁側まで通りかかると、いつもエヂソンさんとミチコお姐ちゃんが笑顔で手を振ってくれてました…。
屋根の上には小さな天文台もあって、晴れた夜空に色んな星々を見せてもらって。土星の輪を初めて見た時は感激したなあ…。寒くないか? 
と言って、エヂソンさんとミチコお姐ちゃんが熱い紅茶と手作りのクッキーをご馳走してくれました…」
   「…ペットボトルロケットを飛ばしてみたり、ものすごく良く飛ぶ紙飛行機や凧や竹とんぼの作り方を教わったり、その他にも面白い科学実験をいっぱいやらせてもらっていました。
それがあんな事になるだなんて…」
   ユミさんが訊きました。
 「どうなったのですか?」
   「後になって聞いたのですが…ミチコお姐ちゃんが、無免許の未成年が運転する暴走車にはねられて死んでしまったんです犯人の少年たちは、二、三年で社会に出たらしいのですが、結局、凶悪な犯罪を犯してその後死刑になったそうですが…」
  「まあ…!」
  「僕はその頃、両親が離婚して、母親に連れられて別の町に引っ越していたので、何年も経ってから思い出の地を訪ねてみて、その事実を知りました…
その時にはもう、エヂソンパアクは跡形も無くなっていて、下品な感じのビルが建っていましたけれど…
そのビルも後に全焼して、何度建物を建てても火事になるのですっかり怖れられ、そのまま空き地になっていましたから、僕が買い取って…
もう一度、そこに子供たちが楽しみながら科学を学べる場所を作ろう、名前はもちろん、『エジソンパーク』で! というわけで、ここに来られた時に御覧になったような有様になっているわけです」
     「…とにかく、このミチコさんは僕がなんとしても治します! いえ、ぜひともやらせて下さい! 
…こんな事急に言うのは変でしょうが…子供時代の楽しい思い出ってね、ずーっと何事も無く幸せだった人って、大人になってから再会した時にその話をしても覚えてないもんなんです。
だけど僕みたいに、色々と複雑な家庭環境だった人間には、それは忘れる事なんてできない、『宝物』なんです
…家も貧しかったので、簡単には進学できず、大検で合格してから奨学金もらって特待生で大学に通ってた頃は、まさに必死の思いでしたから、それどころじゃなかったけれど、落ち着いてきてからは片時もエヂソンパアクを忘れた事はありません。
僕が今まで頑張れたのは、いつかまたエヂソンパアクを作りたかったからです! 
エヂソンさんとミチコお姐ちゃんに恩返しがしたい! いや、しなければいけません。でないと僕は恩知らずになってしまう…」
    ひととおり聞いたユミさんが言いました。
   「…まるで、貴方が来てくれるのを待っていたようですわね?」
   「僕は科学者なのでそういう話は…でも、本心ではそんな気もしないでも無いですよ? …あ、今の言葉は内緒にして下さいね?」
   ユミさんは、エジソンさんのちょっと困った風な表情を見て、とても優しい笑顔になり、そして言いました。
   「よろしくてよ! 貴方にお会いできて本当に良かったですわ。…そう…ここがミチコさんが生まれた場所なのですね……」
     窓の外から子供たちの元気な笑い声が聞こえてきます。ユミさんは思いました。
 …やはり、この方以外に、ミチコさんを安心してお任せできる方はいらっしゃいませんわ…本当にここに来て良かった……


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